パチンコの歴代過去最高負け額公開!『大海物語M56』超プレミアの白黒魚群?
- 2020/07/04
- 10:11
■初代大海物語登場
2005年3月。
パチスロは4号機末期の時代であり
パチンコはこの前年に内規変更により
大当たり確率の上限が1/500まで
引き上げられていた。
そんな中、パチンコ歴代ナンバー1ヒット機種である
新海物語に続き、またしても海シリーズ最新作が
登場する。
その名も『大海物語M56』

©SANYO
※大当たり確率
1/369,5(確変中1/52,7)
※確変突入率
60%
※確変継続率
60%
※時短
大当たり後100回転
※大当たり出玉
約1620個
※賞球
3&5&10&14
※平均連チャン数
4,28回
※タイプ
ミドルスペック
【基本仕様】
本機はミドルスペックのデジパチ。
これまでの海物語との大きな変更点は
演出が異なる3つのステージから
プレイヤーが任意に選択できるという点。
またボーダーラインは約17と比較的甘く
確変突入率&継続率共に60%となっており
爆発力も高い。
このシリーズは新海物語に続き
70万台以上の売り上げを記録し
大ヒットとなった機種である。
歴代一番売れたパチンコとその販売台数は?裏モノ『新海物語』で30万発超えを記録したパチンコ屋。
■グランドオープンしたM店にあった大海
2005年春頃、郊外にM店がオープンした。
同時に大海物語も大量に導入されており
私はオープンからテコを数人雇い、しばらく
大海物語を打っていた。

M店は少し田舎の方にある大型店で
オープンから状況が良く、パチスロも
高設定を使っていたが、大海物語が
看板機種となっていた。
そのため釘が甘く、よく打っていた
というわけだ。
※27~8/1000円。
大体どの台も同じ釘調整だったのため
三人でステージのクセが良い台を探し
それをひたすら打つ。
また大海は確率自体が重いため
出玉の共有もしたかったので
人数を使って攻めていたのだが
これがかなり収支が荒れる。
※3円交換。
一台辺りの回転単価は約18円前後だったと
思うが、いくら時間効率が良い海とは言え
大当たり消化時間なども込みで、終日打って
3000回せる程度。
当時大海を打っている際のテコは二人だったので
三人で約1万回転。
大当たり確率が約1/370のデジパチが
たったの1万回転で収束するわけがない。
・・・というわけで一か月ほど三人で
攻めていたのだが、結果は運良く
大体理論値通りにはなったのだが
一日単位では相当荒れた。
10万発換金するような日もあれば
逆噴射10万オーバーも少なくなかった。
◎2005年4月パチンコ収支
・収支+723,400円(ほぼ大海)
(テコへの給料272,000円)
・稼働時間不明
・稼働日数16日
元々ベースが高い台を三人で打っていたため
時給にするとパチンコとしてはそれなりに
良かった方だとは思うが、これでも大幅な
期待値割で精神的にも苦痛だった。
■パチンコで過去最高に負けた日
私のパチスロでの過去最高負け額は
記憶が確かなら、オアシスなどの裏モノなどを
乱れ打っての129,000円だと思うが
パチンコではどうなのか?
それがこの大海物語なのである。
M店のオープンから一週間くらい経った
頃だろう。
私はいつものようにテコ二人とM店へ行き
それぞれ大海物語のいつもの台に座る。
このうちテコの一人は朝からすぐに当たり
出していたのだが、残る二人は朝から
一向に当たらない。
私がようやく当たったのは午後になってからで
1500ちょっとで単発を当てるも
その後またしても1000以上ハマって
当たらず終了。
次にもう一人のテコは・・・
当たらなかった。
夕方まで打って一度も当たらずに
3000ハマリで終了。
私は稼働途中から視界に入るもの全てが白黒になり
魚群が出た時、思わずプレミアの白黒魚群が出たと思い
仰け反るもハズレ。
※実際はただの魚群で
プレミアは赤魚群で確変確定。

幻想まで見え始め、いよいよ
私の頭が狂いそうになったところでヤメ。
朝から調子の良かったテコの一人が
出した玉も全て使い切り
これ以降現金を使いたくない
ということあった。
結果は186,000円負けだ。
これが私のパチンコ過去最高負け額である。
※テコも合わせての収支なため
正確ではないが。
ピンだとその後の海シリーズ(何かは覚えていない)で
11万負けくらいだったと思う。
パチスロ歴代最高(最低)負け額!パチスロで一番負けた日。

よく回る台だったので
この程度の負けで済んだものの
これがボッタクリ店の海ならば
30万近いマイナスだっただろう。
ミドルスペック以上のデジパチで
テコを雇ってパチンコを打っている者には
わかると思うが、こんなことが日常茶飯事で
起こる。
確率の重いパチンコで期待値を追うには
その理論を理解して行動に移せなければ
意味がない。
そのため期待値が全てだと思っていた当時の
私にとって理不尽なハマリや金を使うことには
慣れていたのだが、やはり大負けは頭にくる。
こっちも人間だ馬鹿野郎。
勝ったら嬉しいし、負けたら腹が立つんだよ。
・・・で、大海で約20万負けたその日。
あまりの怒りからM店の外にある花壇に
肥料として太い一本糞をするも、まだ腹の虫が
収まらない。
本来ならばその日一度も当たりを引けなかった
テコをぶん殴ってやりたいところだが
引けないものは仕方ない。
ということでテコ二人を連れて高級焼肉屋に
焼肉を食べに行った。
高い特上肉と酒をこれでもかというくらいに頼み
豪遊。
『大負けした時は贅沢をする』
これがパチスロで負けた時の私の
ストレス解消法だったわけだ。
・・・まさにハイリスクハイリターンで
立ち回っていた時代。
この当時のパチンコ・パチスロには
それだけの価値がまだあったという
意味でもある。
ちなみにM店は現在も営業しているが
当時の活気のある優良店とは程遠く、今では
店内はガラガラで見る影もなく
パチンコの釘はどの台も激渋。
ある意味これは今の厳しい時代を
象徴しているのかもしれない。
2005年春頃、郊外にM店がオープンした。
同時に大海物語も大量に導入されており
私はオープンからテコを数人雇い、しばらく
大海物語を打っていた。

M店は少し田舎の方にある大型店で
オープンから状況が良く、パチスロも
高設定を使っていたが、大海物語が
看板機種となっていた。
そのため釘が甘く、よく打っていた
というわけだ。
※27~8/1000円。
大体どの台も同じ釘調整だったのため
三人でステージのクセが良い台を探し
それをひたすら打つ。
また大海は確率自体が重いため
出玉の共有もしたかったので
人数を使って攻めていたのだが
これがかなり収支が荒れる。
※3円交換。
一台辺りの回転単価は約18円前後だったと
思うが、いくら時間効率が良い海とは言え
大当たり消化時間なども込みで、終日打って
3000回せる程度。
当時大海を打っている際のテコは二人だったので
三人で約1万回転。
大当たり確率が約1/370のデジパチが
たったの1万回転で収束するわけがない。
・・・というわけで一か月ほど三人で
攻めていたのだが、結果は運良く
大体理論値通りにはなったのだが
一日単位では相当荒れた。
10万発換金するような日もあれば
逆噴射10万オーバーも少なくなかった。
◎2005年4月パチンコ収支
・収支+723,400円(ほぼ大海)
(テコへの給料272,000円)
・稼働時間不明
・稼働日数16日
元々ベースが高い台を三人で打っていたため
時給にするとパチンコとしてはそれなりに
良かった方だとは思うが、これでも大幅な
期待値割で精神的にも苦痛だった。
■パチンコで過去最高に負けた日
私のパチスロでの過去最高負け額は
記憶が確かなら、オアシスなどの裏モノなどを
乱れ打っての129,000円だと思うが
パチンコではどうなのか?
それがこの大海物語なのである。
M店のオープンから一週間くらい経った
頃だろう。
私はいつものようにテコ二人とM店へ行き
それぞれ大海物語のいつもの台に座る。
このうちテコの一人は朝からすぐに当たり
出していたのだが、残る二人は朝から
一向に当たらない。
私がようやく当たったのは午後になってからで
1500ちょっとで単発を当てるも
その後またしても1000以上ハマって
当たらず終了。
次にもう一人のテコは・・・
当たらなかった。
夕方まで打って一度も当たらずに
3000ハマリで終了。
私は稼働途中から視界に入るもの全てが白黒になり
魚群が出た時、思わずプレミアの白黒魚群が出たと思い
仰け反るもハズレ。
※実際はただの魚群で
プレミアは赤魚群で確変確定。

幻想まで見え始め、いよいよ
私の頭が狂いそうになったところでヤメ。
朝から調子の良かったテコの一人が
出した玉も全て使い切り
これ以降現金を使いたくない
ということあった。
結果は186,000円負けだ。
これが私のパチンコ過去最高負け額である。
※テコも合わせての収支なため
正確ではないが。
ピンだとその後の海シリーズ(何かは覚えていない)で
11万負けくらいだったと思う。
パチスロ歴代最高(最低)負け額!パチスロで一番負けた日。

よく回る台だったので
この程度の負けで済んだものの
これがボッタクリ店の海ならば
30万近いマイナスだっただろう。
ミドルスペック以上のデジパチで
テコを雇ってパチンコを打っている者には
わかると思うが、こんなことが日常茶飯事で
起こる。
確率の重いパチンコで期待値を追うには
その理論を理解して行動に移せなければ
意味がない。
そのため期待値が全てだと思っていた当時の
私にとって理不尽なハマリや金を使うことには
慣れていたのだが、やはり大負けは頭にくる。
こっちも人間だ馬鹿野郎。
勝ったら嬉しいし、負けたら腹が立つんだよ。
・・・で、大海で約20万負けたその日。
あまりの怒りからM店の外にある花壇に
肥料として太い一本糞をするも、まだ腹の虫が
収まらない。
本来ならばその日一度も当たりを引けなかった
テコをぶん殴ってやりたいところだが
引けないものは仕方ない。
ということでテコ二人を連れて高級焼肉屋に
焼肉を食べに行った。
高い特上肉と酒をこれでもかというくらいに頼み
豪遊。
『大負けした時は贅沢をする』
これがパチスロで負けた時の私の
ストレス解消法だったわけだ。
・・・まさにハイリスクハイリターンで
立ち回っていた時代。
この当時のパチンコ・パチスロには
それだけの価値がまだあったという
意味でもある。
ちなみにM店は現在も営業しているが
当時の活気のある優良店とは程遠く、今では
店内はガラガラで見る影もなく
パチンコの釘はどの台も激渋。
ある意味これは今の厳しい時代を
象徴しているのかもしれない。