2003年パチスロ!モグモグ風林火山の後継機!ストックとATを融合した『賞金首』ハズシはビタ?
- 2018/08/16
- 11:35
■モグモグの後継機登場
時期は4,5号機全盛時代の2003年。
ストック機が主流となっていた頃
ネットからモグモグ風林火山に続く
ストック+AT機能を搭載した
機種が登場する。
その名も『賞金首』

©ネット

設定 | ビッグ | レギュラー |
設定1 | 1/361 | 1/885 |
設定2 | 1/333 | 1/839 |
設定3 | 1/325 | 1/820 |
設定4 | 1/315 | 1/795 |
設定5 | 1/268 | 1/675 |
設定6 | 1/229 | 1/576 |
※機械割
非公表。
フル攻略時は設定6で120%超え?
【基本仕様】
ストック+AT機だが、4,5号機ということもあり
従来の爆裂AT機よりは爆発力は抑えられていた。
2002年パチスロ!大量獲得ストック機『モグモグ風林火山』のハイエナでチンピラに絡まれた時の話。
この機種はメイン役の帽子がRT解除の
鍵を握っており、設定毎に解除率が
異なっていた。
ATである賞タイムはその6択である
帽子を完全ナビしてくれるため
ボーナス解除率がアップするのである。
またモグモグ同様にビッグ中は
技術介入が高く、ハズシはビタ押し
することで、枚数アップを見込めた。
開発元のネットはメーカーとしては
そこまでメジャーではなかったが
前作のモグモグ風林火山と
この賞金首は、割と話題になった
機種である。
【思い出】
この機種の見所と言えばやはり
左リールにその大きな存在感を示している
『デカダン』だ。
賞タイムの突入期待大であるこの役は
ビッグ中のハズシポイントでもある。
ビッグ中はハズシ時にデカダンを
枠内(2コマ)に狙うことで
リプレイハズシ+9枚を獲得できた。
が、ハズシは2コマだったが
これが意外と難しく、ビタ押し並の
目押し力が必要だった。
枠上枠下の絵柄が見えてしまうことと
停止位置判定が厳しかったのが
理由だったらしい。
ちなみに業界初の2コマ絵柄を採用したのは
1999年登場の『アステカ』

©エレコ
CT機として史上最も大ヒットとなったマシンで
今も名機として知られている。
1999年パチスロ!パチスロ史上最も甘かった爆裂CT機『アステカ』の思い出。
この頃の私と言えば、開店プロとして
グランドオープンする店をメインに
テコを数人使って立ち回っており
何も無い日は優良店で花火百景の
設定6や、ストック機のハイエナなどで
喰っていた時期である。
賞金首は設定6公開イベントを行っていた
小規模のA店で打ったのが最初だが
デカダンハズシだけしか記憶に無く
実際ほとんど打ったことがない。
設定6のスペックは高かったが
オイシイ機種というわけではなかった。
※当時は他にもっと勝てる機種が
多く存在した。
この頃の技術介入機は既に
できることを前提にして作られているため
フル攻略で打ったとしても、昔の機種のように
特に甘くはならなかった。
これが技術介入機に対して一気に
モチベーションが下がった理由で
1号機や2号機ほどの攻略要素が無くても
メーカーが意図しないちょっとした
攻略法くらいであれば
あってもいいんじゃないかと思う。
それを考えるとやはり今のパチスロは
機械としては完璧に作られ過ぎている。
もう少しいい加減に作られても
いいのではないか。
話が大分反れたが、とにかく賞金首は
私はほぼ打っていない。
正直操作性はダメ、通常時のゲーム性も
仕様的によろしくなく、それでいてスペックの
辛くなったAT機をわざわざ打つくらいならば
甘めの旧基準機を打つし、ハイエナしている方が
断然勝てたのだ。
イベント時に通っていたA店では
設定6を使っていたようだが
特に私は見向きもせずに消えていった
機種である。
そしてこの頃くらいから設定6は弱いと負ける
という考えが多く見られるようになる。
エクストラ設定だった「6」は夢でもなくなり
それと同時にパチスロは目押し力よりも
立ち回りで勝つものとなっていく。
そのため、目押しだけで喰ってきた
一部のプロ達は引退に追いやられていった。
4,5号機から4,7号機のパチスロ冬の時代へ
突入していくのである。
この機種の見所と言えばやはり
左リールにその大きな存在感を示している
『デカダン』だ。
賞タイムの突入期待大であるこの役は
ビッグ中のハズシポイントでもある。
ビッグ中はハズシ時にデカダンを
枠内(2コマ)に狙うことで
リプレイハズシ+9枚を獲得できた。
が、ハズシは2コマだったが
これが意外と難しく、ビタ押し並の
目押し力が必要だった。
枠上枠下の絵柄が見えてしまうことと
停止位置判定が厳しかったのが
理由だったらしい。
ちなみに業界初の2コマ絵柄を採用したのは
1999年登場の『アステカ』

©エレコ
CT機として史上最も大ヒットとなったマシンで
今も名機として知られている。
1999年パチスロ!パチスロ史上最も甘かった爆裂CT機『アステカ』の思い出。
この頃の私と言えば、開店プロとして
グランドオープンする店をメインに
テコを数人使って立ち回っており
何も無い日は優良店で花火百景の
設定6や、ストック機のハイエナなどで
喰っていた時期である。
賞金首は設定6公開イベントを行っていた
小規模のA店で打ったのが最初だが
デカダンハズシだけしか記憶に無く
実際ほとんど打ったことがない。
設定6のスペックは高かったが
オイシイ機種というわけではなかった。
※当時は他にもっと勝てる機種が
多く存在した。
この頃の技術介入機は既に
できることを前提にして作られているため
フル攻略で打ったとしても、昔の機種のように
特に甘くはならなかった。
これが技術介入機に対して一気に
モチベーションが下がった理由で
1号機や2号機ほどの攻略要素が無くても
メーカーが意図しないちょっとした
攻略法くらいであれば
あってもいいんじゃないかと思う。
それを考えるとやはり今のパチスロは
機械としては完璧に作られ過ぎている。
もう少しいい加減に作られても
いいのではないか。
話が大分反れたが、とにかく賞金首は
私はほぼ打っていない。
正直操作性はダメ、通常時のゲーム性も
仕様的によろしくなく、それでいてスペックの
辛くなったAT機をわざわざ打つくらいならば
甘めの旧基準機を打つし、ハイエナしている方が
断然勝てたのだ。
イベント時に通っていたA店では
設定6を使っていたようだが
特に私は見向きもせずに消えていった
機種である。
そしてこの頃くらいから設定6は弱いと負ける
という考えが多く見られるようになる。
エクストラ設定だった「6」は夢でもなくなり
それと同時にパチスロは目押し力よりも
立ち回りで勝つものとなっていく。
そのため、目押しだけで喰ってきた
一部のプロ達は引退に追いやられていった。
4,5号機から4,7号機のパチスロ冬の時代へ
突入していくのである。
シェアして皆に教えよう!
- 関連記事
-
4号機の超レア台・幻の名機『エイリヤンマニアックス』とプレミアムキャラ「エイリやん」の思い出。
1998年パチスロ!ビンゴの前身機!4号機の初代デジスロ?『ダブルアップ』
- 2003年パチスロ!モグモグ風林火山の後継機!ストックとATを融合した『賞金首』ハズシはビタ?
1998年パチスロ!ドンちゃんシリーズ第一弾!遅れアリ!『ハナビ』初打ちの思い出。
2000年パチスロ!マニアックな裏モノ!32Gバージョン『ダイナマイトキッズ』の思い出。